「秋の味覚」の代表的な食べ物のひとつとしてサツマイモを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。
ホクホクした焼き芋や、昔ながらの芋けんぴなどはもちろん、スイーツの素材としてもサツマイモは大人気です。秋になると、コンビニのデザートを始め、コーヒーショップやドーナツショップの限定商品などにも、栗やカボチャとともにサツマイモを使ったデザートが並びます。
サツマイモは、スーパーの野菜売り場で売られたり、焼き芋やスイーツになるだけではありません。日本国内で生産されているサツマイモの約20パーセントは焼酎の原料になります。サツマイモを主原料とする芋焼酎が特によく作られて飲まれているのは、鹿児島や宮崎などの南九州です。九州地方では古くから芋焼酎を楽しんできた歴史があります。
実は、そんな芋焼酎が簡単には飲めなくなるかもしれない状況が、いま起こっています。
その理由はサツマイモの感染症「サツマイモ基腐病」です。芋焼酎の原料となるサツマイモがこの病気にかかってしまい、原料を仕入れられなくなっているのです。
サツマイモ基腐病とは?
サツマイモ基腐病は、カビの一種である糸状菌を原因とする感染力の強い病気です。その名前の通り、ツルやイモが黒く変色して腐ってしまいます。発病したサツマイモは感染源となり、雨などの水を媒介として周囲の畑などへと病気がさらに広がっていきます。
2018年頃にはじめて国内での感染が確認されました。当初は沖縄県や鹿児島県で報告されていましたが、その後全国各地に広がってしまっています。
サツマイモの2021年の収穫量の全国合計は671,900トンでしたが、これは病気が発見された2018年と比べて124,600トンも減少しています。鹿児島県では、2021年の生産量は2018年の278,300トンから比べて87,700トンも減少しています。
サツマイモ基腐病は、水を媒介にして感染が広がる病気です。雨が降って地面に溜まった雨水から感染が広がりやすいのが特徴です。
サツマイモの産地である南九州は、毎年いくつも台風が到来して大雨の被害をもたらします。これまでの台風による被害に加えて、サツマイモ基腐病が広がりやすくなるというリスクも増加しているのです。
サツマイモのさまざまな品種
お米でいえばコシヒカリやササニシキ、リンゴならば紅玉やふじなど、農作物にはいろいろな品種があり、味や特徴もさまざまです。
サツマイモにもたくさんの品種があり、日本国内で生産されているさつまいもの主要品種は約60品種といわれています。品種別の作付けシェアは1位がコガネセンガン(22.1%)、2位べにはるか(15.4%)、3位ベニアズマ(13.0%)、4位高系14号(10.5%)、5位シロユタカ(9.4%)となっています。
コガネセンガンは主に焼酎の原料に、べにはるか・ベニアズマ・高系14号はそのまま食べたり加工食品に、シロユタカはでんぷんの原料用として使われています。
サツマイモの主な生産地は、鹿児島県や宮崎県のある南九州と、茨城県や千葉県のある関東地方の2つの地域ですが、それぞれで生産されている品種は異なっています。
南九州で作られているのは、芋焼酎の原料として使われることの多いコガネセンガンがほとんどです。関東地方では紅はるかやベニアズマなど青果・加工用の品種が多く、コガネセンガンはほとんど作られていません。
味だけではなく、病気への抵抗性も品種によって変わります。芋焼酎の原料となるコガネセンガンは、特にサツマイモ基腐病に弱い品種です。サツマイモ基腐病によってコガネセンガンが収穫できなくなると、芋焼酎の生産は大きなダメージを受けてしまうのです。
コガネセンガンがなければ別のサツマイモを使って芋焼酎をつくれないのかと考える方もいるでしょう。しかし、芋焼酎の原料となるサツマイモはどんな品種でもいいというわけではありません。
たとえば、薩摩酒造の生産している「さつま白波」という焼酎はコガネセンガンが主原料ですが、「赤薩摩」にはエイムラサキという品種が使われています。原料の品種を変えればお酒の味は変わってくるため、簡単にコガネセンガン以外の品種に切り替えればいいというわけではないのです。
危機はサツマイモ基腐病だけではない
新型コロナウイルスによる飲食業界の低迷などの影響で、焼酎に限らずアルコール消費量は減少しており、いまも以前の水準には戻っていません。
また、物価や光熱費などの上昇の影響もあります。商品の値上げに踏み切った酒造メーカーもありますが、売上減少をカバーできるほどの値上げは難しく、苦しい経営を強いられているようです。
さらに酒造メーカーを悩ませているのは、サツマイモ農家からの原料仕入れの問題です。
コガネセンガンは特にサツマイモ基腐病に弱い品種ということがわかっていますから、生産者にとっては積極的に作りたい品種ではないでしょう。スイーツ加工用などの品種は仕入単価が比較的高く、生産品種を転換する農家も増えているそうです。
こうした状況を受けて、これまでメイン商品としていた芋焼酎から、米焼酎や麦焼酎の生産量を増やす酒造メーカーも出てきています。
もちろん、農家や酒造メーカーがこうした経営判断をするのは当然のことです。しかし、このままでは芋焼酎の生産量がどんどん減ってしまい、気軽に飲めないお酒になってしまうかもしれません。
鹿児島県の小鹿農業生産組合の東光哉さんによれば、「コガネセンガンだけでなく、みちしずくという品種のサツマイモも生産量を増やしている」とのこと。
「みちしずくも今年から原料に使い始めていて、コガネセンガンで仕込んだ焼酎とブレンドすることで、飲んだときの味わいが変わらないように調整しています。」(東さん)。長年地元で愛されているものだからこそ、美味しい焼酎のために酒造メーカー各社もさまざまな工夫を重ねています。
お酒が好きな読者の方は、晩酌の選択肢に芋焼酎を加えてみてください。それがサツマイモを守り、サツマイモ産業を守るために私たちができる行動のひとつなのです。
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